日本人が主体性を発揮できない決定的要因

■日本人が主体性を発揮できない決定的理由

自らの主体性を発掘し、これを発揮してゆく事が、これからの日本人に必要であることは、何回もお伝えしてきましたが、その前段階として解決しなくてはいけない事があります。

それは「自己肯定感」の低さです。 これは、日本人全体にかかわる事で、特徴的なマイナス要因と言っても良いと思います。

自己肯定感とは、自分の存在意義や存在価値を自分自身が認める感情を言いますが、この感情が決定的に低い人が日本において多く見られるのは、内閣府の調査などからもわかっています。

長男の授業参観などに参加すると、昔と比べて今は、教育もずいぶんと変わったという印象をうけましたが、日本社会にはびこる「ダメ出し習慣」は未だに大きく影響していると言わざるを得ません。

これは、長きにわたって、「人の成長=ダメなところを改善してゆく事」という常識があり、叱咤する事で奮起を促してゆくのが正しいアプローチであるという考え方が主流であったからです。

叱咤されて「コンチクショー」今に見てろ!!となるはずだという前提でこれが正しい教育であるという考え方になるのでしょうが、今は「叱咤➡凹み➡私は駄目だ」になってしまうのです。

さらに、その叱咤も「愛」があれば良いのですが、大半は上司のストレスをぶつけているだけなので、マイナスしかありません。

現在、企業向けのプログラムとして「主体性プログラム」を実施しているのですが、自分の過去を振り返るパートで参加者のレポートを見るとその事を痛感させられます。

日本人がタフでなくなったと言えばそれまでかもしれませんが、原因を指摘しても何も変わらず、私たちはその変化に対応してゆく必要があります。

多くの場合「自己肯定感」は、対人関係において形成され、周囲の人の評価によって大きな影響を受けます。

なぜなら、私たちは自分自身のことを認識することが難しく、人を通じて「自分を知る機会が多い」からです。

したがって、「自己肯定感」を高めるために取るべきアプローチは、「自分の価値=他人からの評価」という基準を「自分」に取り戻す事、自分から他人のストロングポイントを発見して、伝えてゆく習慣を身に着けてゆく事の両面を同時に考えてゆく必要があります。

まず、自分に対する評価を取り戻す為には、「自分の過去から今までを振り返り、一旦洗いざらい言語化する」必要があります。

これはまた、詳しくお話ししますが、いろんな出来事の蓄積によって「今の私」があるわけで、どのように自分が形成されていったのかを振り返る事で、忘れていた事や自分がその時その時に抱いた感情を俯瞰して捉える事が出来るからです。 そして、冷静に振り返る事で「誤解」に気付く事が出来ます。

「あの時はこう思っていたけど、今から思うと違っていた」というような発見が度々あるのです。

これによって、自分を縛っていた「呪縛」から自分を解放する事が出来るようになります。

そうすれば、「本当は大したことがないこと」に捉われていたんだと気付くわけです。

過去の印象で「タグ付け」されていた出来事を改めて解釈しなおすることで「無意味化」する。

そんなアプローチをすることで今まで背負い込んでいた重い荷物を下ろすことが可能になります。 この重い荷物が、「自己肯定感」を下げる大きな要因であったわけですから、「重い荷物」を下ろすことであたかもサイドブレーキが外れた車のように身軽になります。

後は、自分がこれから未来に向かってどう生きるか?どこに行くのか?を決めて、そのために必要なことを実行してゆけばよいわけです。

もうひとつ、自分から他人のストロングポイントを探すという事ですが、これは自分の中に「良い所に目が行く習慣」を作ってゆくのが主な目的ですが、それと同時に皆がこれをできるようになれば、お互いの存在を認め合える社会が創れるからです。

これから、新しい教育を受けた子供たちが、少しづつ社会に巣立ってゆきます。

学校でせっかく良い習慣を身に着けてきても会社が旧態依然とした教育をしていては、育つものも育ちません。

なので、今から良いとことを見つける、そして伝える習慣をつけてゆきましょう。

そうすれば、今の社会にある人間関係によって作られている様々な問題は消えてゆくと思います。

私もそのために信念を持って活動を続けてゆきます。






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