チームに「心理的安全性」を築いたダルビッシュ有

WBC日本代表も順調に勝利を重ね、いよいよ準々決勝でイタリアと対戦します。


ここまでチームは危なげなく、勝利を挙げてきましたが、今の段階でMVPを一人挙げるとしたら、誰にしますか?

大谷翔平選手?ラーズ・ヌートバー選手?
私は断然「ダルビッシュ有選手」を押します。


なぜなら、「ダルビッシュ選手」はチームメイトが本来の実力を発揮する「土壌」を意識的に作り上げ、チームとして相乗効果を発揮するレベルに引き上げたからです。

その土壌とは何かというと「心理的安全性」です。


心理的安全性はグーグルが4年以上の歳月をかけて「パフォーマンスの高いチーム」の特長を調べ、
たどり着いた結論です。


心理的安全性は自分を飾ったり、偽ったりする必要がなく、素の自分を出せる心理状態を言い、チームに参加している一人一人がこのように感じられるチームはパフォーマンスが高いという事です。


ダルビッシュ選手の取った行動は、報道からでしかわかりませんが、そこから、漏れ伝わってくる情報を見ていると彼がいかにチームの中に心理的安全性を創ろうとし、そこにエネルギーを割いていたかがわかります。


例えば、いち早くキャンプの段階からチームに参加したのは、「メジャー組」と日本のチームに所属
する選手の垣根を早くとる為でした。


また、「宇田川選手」と言うオリックスバファローズに所属する若い投手が代表チームの中で萎縮している様子を察知すると「宇田川会」と言う彼を主役にした食事会を開き、チームの中に溶け込ませる事に成功しました。


その他にも自分の方から、選手たちに声をかけて垣根を取って行ったのです。


さらに、従来の代表選手たちが持っていた「国を背負うような」重圧から、選手たちを解放するために思うような結果が出ていない選手たちに向かって「野球なんで気にしても仕方ない。人生の方が大事ですから。野球くらいで落ち込む必要ない」と言うコメントを発し、野球を純粋に楽しんで欲しいというメッセージを伝えています。


チームにおける自分の役割を良く理解した上で自分がどう関わるべきかを考えているのがよくわかります。


■これからのリーダーに求められるもの

ダルビッシュ選手がとっている行動や彼が発する言動はまさしく「これからのリーダーに期待されている事」です。


チームに心理的安全性を創り、メンバーが持っている力を発揮しやすいような働きかけをしてゆく。


責任でがんじがらめに縛り、プレッシャーや恐怖心を煽って、部下を動かそうとするのではなく、
いかにリラックスさせて、部下の持っている能力を引き出すか?


現代が「答えのないと言われる時代」だからこそ、最も大切な事なのではないでしょうか?

■「対話」から始める


では、「心理的安全性」を築く為に何から始めるか?という事ですが、これもダルビッシュ選手が行ったように一人一人、部下と対話を始めてゆく事だと思います。

そして対話の中で最も大切なのは「話す」事より「聴く」事です。

部下が不安に思っている事、悩んでいる事は何か?何に詰まっているのか?どんな事を考えているのか?を関心を持って、知ろうとする事が最も大切です。

で、この場合、注意すべき事は部下が悩んでいたとしても上司が自分の考えで「納得させよう」「説得しよう」としない事。

部下が悩みを持っていたり、何か「行き詰っている」のがわかるとついついアドバイスをしたくなるものですが、ここは「グッ」とこらえてできるだけ、自己解決できるように「聴き役」に徹してください。


アドバイスが欲しければ、部下から「どうしたら良いでしょうか?」と言ってきます。

大切なのは、「聴きたい時に聴ける」、「言いたい時に意見が言える」環境を創る事。

まずは、そこを念頭に置いて、対話を始めていただければと思います。

3ヶ月も続ければ、部下やチームの変化を感じ取れるようになると思います。





アンガーマネジメントの前にやるべき事

最近また、ハラスメントに関するニュースをよく眼にする機会があります。
それを象徴するようにアンガーマネジメントに関する研修も
相変わらずニーズが高いプログラムとなっています。

一昔前は、当たり前であった部下への接し方が
今ではすぐハラスメントということになる可能性があり、
企業側も応急処置的に対策を打っているというところでしょうか。


研修を実施する事自体は人に対する関わり方や接し方に
意識が向くことになり、基本的には良い事だと思います。


ただし、私はその前に解決しておかなければならない事があると思っています。
それは、何故「怒りを覚えるのか?」ということについて、
自分なりの答えを知る事、
つまり怒りを発動する「メカニズム」を理解すると言うことです。

例えば、
「普通はここまでするのが当たり前でしょ!」
「若手から挨拶するのか当然だろ!」
「なんで、もっと早く言わないの?」
など、日常のやり取りの中で「怒り」を感じる場面は頻繁に登場するわけですが、


これは、相手が「自分が期待する反応」をしなかった事によって起こります。


そして、「自分が期待する反応」は自分にとって
「これが普通でしょ」「当たり前でしょ」という
ある意味一人一人が持っている固定観念がベースになっています。

したがって、まずは自分が認識している「普通」「当たり前」は
どんな事なのか?を自分自身が理解しないといけないわけです。


でないと、対処法的に研修をやったとしても根本的な解決にはならず、
一過性の効果しか期待できないからです。

実はこの件で最近、ある企業の管理職に対し、コーチングを行いました。

まず、その方が抱えている固定観念である「普通」「当たり前」だと思っている事を
書き出していただいたのですが、固定観念と言っても
ひとつひとつ、見てみるとおかしなことは一切なく、
実は正論そのものであり、異論を挟む余地はありませんでした。

ただし、なぜ他人は自分が当然と思っている反応をしないのか?
なぜ、自分とは違う行動をとるのか?ということについては、
「知らないから」「理解できていないから」という
認識しかありませんでした。

だから、強く言って知らしめなければと思ってしまうわけです。


■違いを認めた上でどう接するか?

この知らない、理解できていないという考えは、
自分の考え方や捉え方が絶対的なスタンダードであり、
他人にとっても当然「当たり前でしょ」という認識に立った考え方です。

しかし、私たち各々が持っている「当たり前」は
自分の人生を通じて出来た「当たり前」であり、
一人一人が違う人生を歩んでいる以上、少なからず「違い」が生じます。

例えば、仕事に対する姿勢について、
残業する事が当たり前だった時代を経験した人と

ワークライフバランスなど
個人の生活を大切にする風潮が当たり前の中で

会社に入ってきた人では、当然、仕事に対する考え方は違うわけです。

その背景には身を粉にして言われたことを忠実にやれば、
定年以降も含めてある程度人生を保証されているように感じられた時代と

会社が社員の人生を保証できなくなり、会社と社員の関係性が変わってきたという
背景の違いがあるとも言えます。

なので、部下が自分が期待する反応をしない場合については、
まずは「当たり前」が違っているのかもしれないという視点を持つ事と

その違いはどこから生まれているのか?を洞察してみる事も必要です。

■感情面からの洞察も必要

あともう一つ考えるべき事は、「感情」です。

なぜ、感情について考慮すべきなのかと言うと
私たちが「感情優位」な動物であるからです。

なぜ、感情が「思考」よりも強く、人の行動に影響を及ぼすという事に対しては
「脳」の進化において「思考」を司る機能が出来たのが
「感情」を司る機能が出来てから、2億年も後だったからであると
考えられている事は以前お伝えした通りです。

したがって、相手が自分の期待通りの反応をしなかった時には
相手の「感情」についても考えてみる必要もあります。

例えば、若手が自分の方から挨拶してこなかったとします。

この場合、「けしからん!!」と思うかもしれませんが、
やらなかったのではなく、出来なかった可能性も考えた方が良いという事です。

「他の事を考えていて、視界に入らなかったのかも?」
「仕事で何かあったのかも?」
「何か悩みがあるのかも?」
「何らかの理由で会社に来たくないのかも?」


相手の感情という視点で考えてみると色んな可能性が出てきます。

そうするともしかしたら、自分から挨拶をすべきである事は
わかっているのかもしれないけれど出来なかった可能性が
ある事が推測できるようになります。

■相手に自分の期待を押し付けない

以上、「違いを認める」「相手の感情を考える」という2つの可能性から、
相手が期待通りの反応をしない場合について考えてみました。


それらを踏まえた上で「私達ができる」事は、
自分の期待を押し付けない事ではないかと思います。


そして、「当たり前の違い」について話す場面があれば、
相手の考え方を聞いた上で「否定」せず、
「なぜ、そうして欲しいのか?」を
相手のメリットに紐付けて話し合う事ではないでしょうか?


例えば、

部下「なんで、残業しなくちゃならないんですか?」

自分「残業をしたくないのはどうしてなの?」

部下「プライベートを大事にしたいんです。仕事をするために生きているわけではないんで。」

上司「そうか。それはそうだよね。」
「私も君に残業をして欲しいわけではないんだよ。」
「仕事って納期があるでしょ?だから、それに間に合うように目標を立てる必要があるよね。」
「目標は納期をゴールに例えると今どこにいるかがわかる目印なんだ」
「君が今日到達しているべき目標に到達していれば良いんだけど、どうだろう?」
「今のペースで間に合うかな?」

新人「そう言われると、どうですかね?」
「でも、まだ僕新人なんで、そこまで求められるのはおかしいと思います。」

上司「そうか。新人だから、例え仕事が終わってなくても
残ってまでやる必要はないと思っているんだね」
「じゃあ、例えば君が先輩になったとして新人と2人で組んで
仕事をすることになったとしよう。」
その彼が「君と同じような考えで先に帰ってしまったら、君はどう思う?」
「目標に間に合わせるために彼が出来なかった分を
君が引き受けなければいけないんだよ」

部下「そうか、自分がやらなければいけなかった事を
他の人がカバーしなくてはいけなくなるんですね?」

上司「そうだね。私たちは組織で働いている以上、協力し合って、
組織の目標を達成するために動く必要があるんだ。」
「私だって、本来は残業する事は良い事ではないと思っているけれど、
時には必要な場合もある事はわかってくれたかな?」


部下「はい。」

上司「だから、残業しなくても良い状態になるように一緒に頑張ろうよ」


部下「わかりました。」



実際はこのようにスムーズにはいかないかもしれません。
ただ、「新人」だから、相手が「未熟」だからという認識で
否定したり、説得しようとするのではなく、
相手がなぜそのように考えるのか?を考えながら、
辛抱強く接してゆく必要があると思います。


慣れるまでは苦しいかもしれませんが、
相手の視点に立って考えることができるようになれば、
仮に、一瞬怒りを覚えたとしても表出せずに
クールダウンする事ができるようになります。

自分の持っている「普通」や「当たり前」は
案外わかっていないものです。


仮にアンガーマネジメントの研修をするのであれば、
自分の「普通」「当たり前」を内省する事も
セットでやっていただけるとより効果的です。


今日の内容が上司と若手のギャップを埋める一助になれば幸いです。