部下の主体性を覚醒させるには④

今日は「自信は部分的で良い」についてお話します。



部分的で良いというのは「結果」のみに囚われることなく、

プロセスで得たものを大切にしようという意味です。




この話をしたいと思ったのは、

研修等を通じて、若い世代の人達に接してきた中で


上手くいかなかった、たったひとつの出来事で

自分を全否定するような思考を持った方が

多いと感じたからです。



何か一つ上手くいかなかったとしても

それイコール、その人の存在そのものを否定するものではないし、

自信を失うべきではありません。



でも、何かあるとすぐ自分を駄目であると思ったり、

自信を失うという人が多く、


これが、成長を鈍化させるひとつの要因であると

私は考えています。


永い間、肯定されるよりも

否定をされる経験が多かった結果によって

このような状況を招いているのではないかと思いますが、




人材の育成を考える上で「この問題」について真剣に考えないと

どんなに素晴らしい教育を提供しても

付け焼刃で終わってしまいます。




なぜなら、チャレンジに対し、上手くいかない事の方が圧倒的に多く、

それでも行動を止めない事が大切だからです。



では、何から考えるか?という事ですが、

まずは、部下の出来た事、気づいた事に上司が目を向ける、

そして、部下の目を向けさせることが大切です。




仮に望んだ成果がなかったとしても

行動した結果、得たことが必ずあるはずです。



私たちは、ついつい上手くいかなかった要因や課題に意識を向け、

ダメだった理由を考え、「反省」をしようとしますが、



こればかりですと何より、モチベーションが上がりませんし、

「自信」の獲得に繋がりません。



例え結果が出なかったとしても行動の中で

気づいた事、わかった事を「意味がある事である」と取り上げ、

積み上げてゆけば

結果以外にも意味を見出すことができ、

「部分的な自信」を獲得してゆく事が出来ます。



 

私たちは、

ダメなところを取り上げ、「反省」するのは、

得意ですが、肯定的に物事を捉えてゆくのは

比較的苦手です。




でも、今私たちに必要なのは「活力」であり、

閉塞感をぶち壊すエネルギーです。




このエネルギーを生み出すためにも

一人一人が「部分的な自信」を積み重ねてゆく事は

とても重要ではないでしょうか?




何事も一所懸命行動すれば

成果に繋がるシンプルな時代ではなくなってきました。

 そろそろ、目先の結果だけに囚われる習慣を手放し、

中長期に物事を考えられる国にしてゆきたいものです。




そのためには、まず日常に「肯定の言葉」を溢れさせてゆく事です。



そして、まず手をかけるべきは「自分」から。



リーダー自らが自身の事を肯定的に捉えるように

日々意識してゆく事です。




そうすれば、自分も効果を実感できると思いますし、

どうやって。部下を肯定すれば良いかがわかってゆきます。




今日は「自信は部分的で良い」についてお話ししました。




次回は自信の「揮発性と積み立て」について

お話ししたいと思います。

部下の主体性を覚醒させるには③

今日は「自信の特性」についてお話します。

それは、特性がわかっていないと

部下育成についても取り組むべきことが

理解できないからです。


私が考える「特性」としては以下の通り4つが挙げられます。

❶自信は「主観」である

❷自信は部分的で良い

❸揮発性と積み立て

❹能動的獲得と受動的獲得

まず❶の「自信は主観である」ですが、

これは読んで字のごとく、

自信は「自分がどう思うか?」によって

決まると言う事です。




これは前回の「成長実感」にも関係する事なのですが、

同じ状況にあったとしても




人によって、受け取り方が違い、

出来事や物事のポジティブな一面を見る習慣があるか




それとも、ない物や得られなかった事など

ネガティブな一面を見るのかによって

「自信」の有無が変わってくるという事です。



どうしても「得られなかった事」もっと言うと

「失敗」から学ぶという意識が強い私達ですが




こういう意識が「自己否定」に繋がり、

「自信がない」と感じる状況にも繋がっているという事を

私たちは真剣に考える必要があります。






そして更に言うと、上手くいかなかった要因は「分析」をしますが、

上手くいった事については、それほど「分析」をしません。




実は上手くいかなかった事よりも

上手くいった事の方に「成長の糧」がたくさんありますし、




何よりも自分が成し遂げた事に対する「根拠」を曖昧にせず、

財産や武器にすることができます。





これはスポーツの世界でもよく見られることで

欧米のトップコーチは、




選手のポジティブな面に目を向けさせ、

なぜ上手くいったのか?できたのか?を

認識、理解させて行くアプローチをします。






私が好きなTV番組で

NHKの「奇跡のレッスン」という番組があるのですが、




欧米のトップコーチが日本の中学生達に

「1週間」コーチをする事で

どんな変化があるのか?を観る内容になっています。



ここでも共通しているのは失敗を指摘して改善するのではなく、




「できた事」「わかった事」「うまくできるようになった事」に

目を向けさせるアプローチをすることです。




例えば、良いプレイがあった時にプレイを止めて、

「今の良かったよ。なんでそうしようとしたの?」と




選手に問いかけるのです。

そうすると選手は「自分の選択」について考え、




自分なりの「答え」を導き出します。



コーチがこういう働きかけを繰り返してゆく事で

選手たちは

自分で出した「答え」の集合体が自信やスキルとなり、

積もり積もってゆくので




同じような場面になった時にいつでも引き出す事ができ、

有効な「再現性のある」プレイ機会が

増えるという事です。





私達は「できる」「わかる」「うまくできるようになる」事に

よって成長を認識できるわけですが、




このように自分の意識を良い所に向けさせ、

自信を育んでゆこうとするのがトップコーチの考え方です。





これは「仕事」にも当てはまる事で

上司も部下も



失敗よりも「できた事」「わかった事」

「うまくできるようになった事」に

に目を向ける習慣が出来れば、




部下は自分を成長させるためのアプローチを

身に付ける事が出来ます。




しかし、現実問題として

「仕事」に前向きになれず、




ただ給料をもらうために仕方なくする事であると部下が考えているとしたら、




「否定」からの改善という従来の「育成」によって

もたらされた結果であると言えるかもしれません。





したがって、私たちが考えるべきことは

私たち自身が自分の行動も含めて、




ポジティブな側面に目を向けてゆく事、

そして、部下や後輩にも目を向けさせてゆく事です。




そのためには、まずリーダー達が

出来ていないことを指摘してすぐ行動を変えさせたいという誘惑と




目先の「対処的成果」を手放す勇気を持つ必要があります。




これは、私たち全員が持っていると言っても良い程

強烈な欲求であり、「習慣」ですが、



結果として「自信喪失」に繋がり、

誰も幸せにしていないという事を

強く認識する必要があります。



今日は「自信は主観」であるという話の中で

「否定からの改善」よりも

ポジティブな面に目を向けてゆくというお話をしました。



次回は、「自信は部分的で良い」についてお話ししたいと思います。

部下の主体性を覚醒させるには②

前回、部下の主体性覚醒には段階があり、



まずは「自信」を育てる事が第一優先課題であると
お伝えしましたが、



「自信」の育成と言う話に入る前に



今日は「自信にまつわる錯誤」について

お話ししたいと思います。



それはこの「錯誤」が「自信の育成」を考える上で

「知っておくべき」最大の障害になるからです。




「錯誤」を取り上げようと考えたきっかけは、

先日、

カンパニーコーチとして関わらせていただいているIT企業で

実施した新人研修です。




研修は参加者にいろんな視点を提供し、考えさせ、

意見を出させることに主眼を置いた内容だったのですが、




その中で「不安」について取り扱った時に

「知らない事が多い」「経験がない」という事と




「自信がない」という事を結び付けて考えている参加者が

多かったのです。




新人ですから、知らない事が多い、
経験がないのは当たり前の事なのに




それに対し、「自信がない」と答えてしまう人が多い事に対し、

私は危機感を覚えました。

これはこの新人たちに限ったことではなく、



「自信がない」ということとその「理由」として挙げている事を

関連付けて考えてしまうという錯誤は



私たちの日常でも良く起こる事です。

だから、まず「部下の自信を育てる」前に

部下が陥りがちな「勘違い」を押さえておきたいと考えました。




そうする事で部下が自信喪失状態に陥った時に

適切な対応ができるようになるからです。



■「結果」が出ない=「自信がない」ではない



本当は関連性がないのに関連付けて考えてしまう事は

私たちの日常でもよく起こります。




例えば、期待通りに結果が出ないと

自信を失ってしまうのもこの類です。




何か行動を起こしたことに対し、期待通りに結果が出ないと

「自分はダメだ、能力がない」と結び付けてしまいがちですが、




「期待した結果が得られない」=「自分はダメだ、能力がない」

ではないのです。



このように短絡的に結びつけてしまうのは

過去私達が受けてきた教育が




大きく影響しているので「根が深い」

問題なのですが、



「行動の結果」と「人格や能力」は

切り離して考えるべきですし、



部下を持つ人は「意識」して切り離す訓練を

する必要があります。



■自信にまつわる錯誤を解く



自信とは「自分を信じるに足る存在である」と認識する感情ですが、




何を持って「自分を信じる」か?について

真剣に考える機会は少ないと思いますし、非常に曖昧です。



したがって、これを明確にする事で

自分を必要以上に卑下する「錯誤」とオサラバできますし、

必要以上に苦しむ部下を救う事が出来ます。




では、何を持って自分を信じるか?ですが、

「結果」のみですと苦しくなります。



なぜかと言うと、結果については

望み通りになる事よりも

ならない事の方が多いからです。



つまり、「結果」は自分でコントロールできません。




勿論「望む結果」が出れば、うれしいですし、

自信を与えてくれるのは間違いありません




しかし、結果を出す事しか、自信を得れないのであれば

自信を持てる機会は非常に少なくなってしまいます。




なので、「結果」以外のところに

自分を信じるに値する要素があるんだという事を



認識する必要がありますし、

上司は部下に対し、認識させる働きかけが必要です。

■何を持って自分を信じるのか?





では、何を持って自分を信じるのか?という事ですが、

私は「成長実感」であると考えています。



言い方を変えると

「結果以外の行動によって得られたもの」に

目を向けてゆくという事です。



行動して得られた事とは「行動を起こしたという事実」や

それによって

「わかった事」「気づいた事」「得た事」です。



つまり、失ったものより、

得たものに目を向けるという事です。



自分の行動が無駄になったと認識することが

「自信喪失」に繋がるわけですから、



決して無駄ではないよ、

やったからこそ、わかった事があるという風に考える事、




また、部下にもそうやって目を向けさせることが

何より大切であると思っています。



成長とは

「わかる」「できる」「うまくできる」が増えてゆく事です。



行動を止めなければ、

「わかる、できる、うまくなる」が加速し、




成長を自覚できれば「自信」も獲得できます。



上司には部下の成長を促進する役目があります。




言い方を変えると「部下の自信を育てる」事です。

結果のみでその人を見るのではなく、




成長に目を向けて、成長を自覚させてあげられる

リーダーが増えれば、



何かにつけて「自信がない」と思ってしまう

部下たちを数多く救う事が出来ます。



結果に囚われず成長に目を向ける習慣創り。



私はこれを企業に根付かせてゆきたいと

考えていますし、

そんなリーダーを数多く育ててゆきたいと

思っています。


次回は、「自信の特性」についてお話します。

部下の主体性を覚醒させるには①


プレイングマネージャーに期待される役割の一つに

部下の主体性育成があります。

仕事柄企業の研修担当の方とお話をする機会が多いのですが、

その時に人材育成における問題について

話をお聞きするとお決まりのように

「うちの社員はまじめで、言われたことは一生懸命にやるんだけど、

自分で考えて何か行動を起こせる人が少ない」と


いう話が出てきます。






つまり「主体性の欠如」についての話です。

これは、企業と言うよりも
「日本の課題」ではないかと思うくらいです。




実際にビジネス以外の場面でもそのようなことはよく聞きます。

例えば、スポーツ。





国内のプロリーグで活躍していた人が

海外に行って思ったほど活躍できない場面も見かけますが、




ヨーロッパのサッカーチームの監督が話していた「日本人選手観」を

雑誌で読んで「やはりな」と思ってしまいました。



「日本人選手はまじめで、規律を守ってプレイができるが、

一対一の局面になったり、

自分で対応しなくてはいけない局面になると



途端にパフォーマンスが落ちる。

自分で判断し、行動することが苦手である」と。





なので、これは国民性かもしれないと改めて思いました。





また、高度経済成長など日本に勢いがあった時代は、

「考える」事よりも早く、忠実に動くことが求められてきましたし、





「やり方」に疑問を持ったり、考える人間よりも

指示に対し、素早く、忠実に行動する人間の方が

重宝されてきたという背景もあります。





まあ、一言で言うと状況が変わって180度違う事が

求められているのが現在の状況であり、




ビジネスマンからしたら、

虫の良い事を言うな!!

と思っても仕方ない話なのです。







しかし、「答えがない」と言われる現代においては、

変革に向けて、待ったなしの状況であることは間違いなく、




一人一人が知恵を絞り、スピーディに起こる変化に対し、

対応してゆく必要があります。




したがって、「主体性の覚醒」は国を挙げて「子供の教育」から

取り組むべき事であると言っても良いと思います。






「覚醒」と言う言葉を使っているのは「本来はあるはず」であり、

「ない」わけではないと私自身が思っているからです。





永い間、

「自分を殺し」「意見や主張を控え」「長い物に巻かれる」事に

慣れてしまったから「埋もれている」のです。






だから急に「主体性を発揮しましょう!!」と号令をかけても

すぐになんとかなるものではないという事です。





また、その反面、主体性の埋没は働く側にとって、

あるメリットを生んでいます。






それは、上から答えを出してもらう事により、

手に入る





頭を使わず、責任を負わない事による「楽」です。






そして、この「楽」は麻薬のようなもので目先の安全は

保障してくれましたが、






少しづつ自分で動けなくされてしまう劇薬でした。






なので、まずは時間をかけて「毒抜き」をしてゆく必要があり、

主体性の覚醒までには、段階を踏んでゆく必要があります。





これは、正直根が深い問題です。

主体性は

「自分で考え、決め、責任を持って遂行する」性質を言いますが、






これができるようになるまでは、

「自信の育成」「自主性の発揮」という段階が必要であると

私は思っています。







「自主性」と「主体性」は言葉が似ていますが、

意味は違い、




「自主性」はやることが決まっている中で

率先して行う事であり、





自分が感じた違和感に対し、どうするか?何をやるか?から

考える「主体性」とは大きな「差」があります。






そして、その自主性を発揮できるようになるにはなんと言っても

「自信」が必要なのです。






自信がない人間が、率先して行動を起こす事などできるわけもなく、




ましてや自分で考え、決めて、

責任を持って遂行する事などできないからです。






ただ、パーソナルコーチングなどで多くの「個人」と接してみて

「自信」に問題を抱えている方が多い事に気が付きました。






本当に日本人は「自信」のない方が多い。






なので、まずは「自信」を育んでゆく事が

主体性への一歩になりますし、






プレイングマネージャー達が部下に対して

最初に取り組むべきことは

部下の「自信育成」です。






その前に「俺たちの自信を何とかしてよ!!」という声が

聞こえてきそうですが、






自分のサポートで部下が育てば、

上司は自信を持てるようになるので心配はいりません。






では、どうしたら部下が自信を持てるようになるのか?と

いう事ですが、






二つの側面があると考えています。






それは、「自分で獲得する」という事と

「周囲の協力によって獲得する」と言うものです。






この二つを意識しながら、どうやって部下の自信を

育ててゆくのかについては

次の機会にお話ししたいと思います。

部下に変容を求める前に

教育研修でマネージャーに対し、関わり方や知識、

スキルを提供していますが、


今最も力を込めてお話ししている事は知識、スキルではなく、

「リーダーとしてのあり方」です。


研修で学んだ知識・スキルを活かすためには「信頼関係」が

あるか否かが最も重要なファクターになりますが、


その中で最も大切なのはリーダー自身が成長するための

「軸」を持っているかどうか?だと思っています。



簡単に簡単に言うと

「部下に言う前に自分はどうなのよ?」という事です。


自分がチャレンジする姿勢を見せなければ、

当然部下もチャレンジしようとはしませんし、


研修でいくら立派な知識やスキルを身に付けても

それが機能することはありません。



上司が目先の事ばかりに囚われて、保身に走っていたら、

部下は嫌気がさし、

その上司を尊敬できなくなりますし、信頼もできなくなります。




勿論、私の専門である「コーチング」的なかかわり方も大切ですが、

信頼していない上司が接し方を変えたぐらいでは




「ストレス」は減ったとしても

部下の意識・行動は変わらないと思います。




部下に主体性を求めるのでしたら、

上司が失敗を恐れずにチャレンジする姿勢を

見せる必要があり、



失敗したとしてもそこから歯を食いしばって

立ち上がる姿勢を見せなくてはいけません。




「自分の事は置いておいて・・・」は通用しないのです。





自分の考え方や行動を変えるという事は

とても勇気が要ることでエネルギーも必要になります。






だからこそ、まず上司がお手本を見せないといけないのです。




しかし、私たちは立場が上がるにつれて、プライドが高くなり、

自分のダメなところや失敗、弱点を隠そうとします。






隠そうとすればするほど、

その姿は滑稽で部下から軽蔑されるばかりでなく、




「こんな上司の下ではやっていられない」と

退職を助長することにもなりかねません。






なので、リーダーは自分の「滑稽さ」に

気が付けるようにならないといけません。






では、どうしたら気が付けるようになるかと言うと

自分が「リーダーとしてどうありたいのか?」を考え、

言語化する必要があります。






そして、ありたい姿になるために「どうあるべきか?」と

いう行動指針を具体的に考えるのです。





そして、「それ」を部下に公言し、実行してゆくことです。





これは、相当な勇気がいる事かもしれませんが、

その勇気は部下にも伝わりますし、信頼を勝ち取る上で

非常に大きな意味を持ちます。






なぜなら、部下に言うという事は

「間違ったら言ってくれ‼」

という意味に他ならないからです。






これは、自分の成長に対し、

代償を払う覚悟があるという事なので、





部下にこういう姿を見せられる上司であれば、

自ずと部下も上司の期待に応えようとします。





時には苦しさを感じるかもしれませんが、

完璧である必要はありません。





弱い所も出して良いし、

失敗しても良いのです。




ただ、間違ったら素直に謝り、修正する。





そういう姿を見せてこそ、

初めて知識やスキルが活きてくるものです。





もし、プレイングマネージャーが育っていないなと

お感じになるようでしたら、





知識やスキルの前に「軸を創る機会」を

先に与えてあげてはいかがでしょう?






私にチャンスをいただければ、

「私自身の軸」もオープンにしながら、

参加者と真剣勝負したいと思います。

「日本の組織でコーチングを機能させるには?」

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欧米から、日本にコーチングが導入されて30年近く

うとしています。





以前と比べれば「コーチング」と言う「単語」自体の認知度は

上がったかもしれませんが、


どれだけ浸透しているかと言うと「疑問符」が浮かんでしまいます。


なぜなのだろう?と長い間考えてきましたが、

コーチング発祥の地である欧米人と日本人との違いが

少なからずあるからではないかという考えに至りました。



違いについては、あくまで私見ではありますが、

だいたい以下のようなものかなと思っています。

❶自己開示に対する抵抗感が強い

日本人の中には、自分の事を話すのは恥ずかしい、

本音をなかなか話せないという方が多いように感じています。


コーチングは自分の本心を話さないとなかなかうまく機能しません。

欧米はクリスチャンが多く、子供のころから教会で懺悔する習慣があります。

なので、言いにくい事や思ったことを率直に話すという事に

抵抗感が弱いのです。


日本人は自分の心の内を話すことに抵抗感が強く、

それがコーチングにフィットしづらい状況を作っている

要因の一つではないかと考えています。




❷横並びを尊ぶ


日本の社会は、「個性」よりも「人と同じである」ことに

価値を見出してきました。




これは「稲作」という集団行動が必須の穀物栽培で

日本と言う国が成り立ってきた事や江戸時代の五人組から始まった

「相互監視システム」が影響しているのではないかと感じています。



人と違うという事に対し、不安を抱いたり、

疎外感を感じたりすることが


多いので何かやって、他者から否定をされる事を何よりも

恐れているように感じます。


❸基本的に受け身である

リスクを負って、何かを得るよりも「ミスをしない」ことに

価値を感じている方が多いように思います。





答えがある事に臨む方が安心であるので

自分で「考えて」「決めて」「実行に移す」事は

できれば避けたいという風に思うのではないでしょうか?




なので、「言われたことはまじめに取り組む」が

それ以上は・・・・という方が多いようです。

❹考える事が苦手

これは研修等でいつも感じている事ですが、

そもそも、本来の目的とかを突き詰めて考える習慣がなく、



必要なことを暗記して答える機会が多かったため、

「考える」事に慣れていないという印象があります。




③にも関係するのですが、自分で考えるよりも

「言われたことをやる」方が楽なので、突き詰めて考える事がなく、

途中で思考停止してしまうわけです。



❺「決める」事を避け、曖昧を好む


何か提案を受けた時に「検討します」と言う言葉が

返ってくる事が多いのですが、



経験上「本当に検討する」事はなく、

事実上の「断り」文句であることが多いのが実情です。




その気がないならば、相手のためには「断る」方が

賢明であるにもかかわらず、はっきりさせることを避ける習慣が

あるように思います。




ざっと、日本人にコーチングが機能しにくい理由を

挙げてみましたが、

実は各項に共通している事があります。


それは、「自己防衛意識」です。


つまり、究極の理由は、自分を守ろうとする意識が強いため、

何か今までにない新しいチャレンジをして、

うまくいかなくて傷つくより「今のままで良い」と思う考え方が

強いという事です。




結果、精神的に「楽」である事や「安心」「安全」である事が

上位の価値観として根付いているために

コーチングが機能しにくい状況になっていると考えられます。

しかし、最近はコーチングを提供する教育機関も増え、

「コーチング」に触れた方も

増えてきているのも事実ですし、

以前と比べれば、認知度は上がってきております。




さらに、言うと閉塞感のある組織を変えてゆくには、

今までにないアプローチが必要であり、



そこには「個の能力」を「個性や強み」を伸ばす働きかけ、

そしてチームワークを高めてゆくコーチング的な

アプローチは必要ではないかと考えてます。

では、どのように日本の組織にフィットしにくいコーチングを

どのようにカスタマイズしてゆけば良いのでしょう?




私は「段階的に自由裁量を増やしてゆく」

ソフトランディング的なフローを作る必要があると考えています。



それは、多くの日本人にとって「自由」はある意味苦痛であり、

制約がある方が安心できるという側面があるからです。



なので、まずは安心領域を作ってあげて、

そこから始めるという事です。





そして、少しずつ、「自由度」を増やしてゆき、

自信を育みながら「自主性」「主体性」が

発揮できるように導いてゆく。




あたかも、グラデーションで色が徐々に

変わってゆくような感じです。




具体的には、最初はある程度の「答え」を提示して、

その中で考えさせる。





例えば、「野球」で考えるならば、

本当は自分で課題を見つけて、

トレーニングして欲しいとところですが、





こちらで課題であると思う所を提示して、

そしてトレーニング方法をいくつかの候補から選ばせ、

実行させるという流れです。



次に、やってみて、結果が変わったのか、変わらなかったのか?




どちらに転んでも、「うまくいったこと」

「できたこと」「その理由」を考えさせる。


そして、次の課題を考えさせ、トレーニング方法を選ばせる。

こうやって、教えながら、結果を振り返り、少しづつ、

自分で考え、決めて、実行に移させてゆく事で

主体性が徐々に身についてゆきます。



日本人は古くから海外から輸入したものを

カスタマイズして「最適化」するのを得意としてきました。




私は、コーチングでもそれができるのではないかと考えていますし、

死ぬまでに「日本人に合ったコーチング」を体系化して

遺したいという野望を持っています。




何が一番良いかの「答え」は見つからないかもしれませんが、

探求心を持ちながら、精進を続けてゆくつもりです。





なんか、面白そうだな、興味がわいたなとお感じになったら、

お声をおかけ下さい。

一緒にジャパニーズコーチングを作りましょう!!

Z世代とプレイングマネージャー

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■Z世代とプレイングマネージャー
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最近読んだ本で面白い本がありましたのでご紹介したいと思います。

「先生、どうか皆の前で褒めないで下さい・・・

いい子症候群の若者たち」(金間大介著)という本です。

「皆の前で褒めないでってどういうこと???」と

私はタイトルを見て、

興味を持ち購入したわけですが、


大学教授として若者たちに接してきた著者が

Z世代と呼ばれる若者たちの特徴を表面的なものではなく、

より深く洞察した視点でまとめています。


ご興味があれば、ご一読いただきたいと思います。

実際にお読みになる方もいらっしゃると思いますので、

内容を詳しく書くことはいたしませんが、

私が「確かに!!」と思った点は、

彼らは「ゆとり教育」が原因でそうなっているわけではなく、

日本人の本質が時代背景の中で「変容」しているだけで

本質的には変わっていないという指摘です。


おとなしくて真面目、反応が薄い、言われたことしかやらない、

安定志向、横並びを重視する特徴があると言われている

「Z世代」ですが、




彼らが生まれて今日に至るまで「良い時代」を経験しておらず、

閉塞感の中で過ごしてきたこと。


そして、その中で「大人たちの姿」を見て育ってきた彼らに

「主体性」を求めるのは、理不尽であり、

本質的な要求ではないことがわかります。



では、どうしたら良いか?ですが、

「大人たちが自ら失敗を恐れずに挑戦する」姿勢を見せる事であると

著者は言っています。






自分ができないことを「若者に要求するのはおかしい」と。

確かにそのとおりであると思いますが、


なかなかすぐに行動に移せることではないと思いますので、

私は身近なZ世代と言われる人たちに関わる方々が

すぐにできる事、やるべき事という視点で考えてみたいと思います。


まず一番目は、

そういう彼らの「特徴」を踏まえた上で

「レッテルを貼らないこと」だと思っています。

Z世代という言い回しで括っておきながら??と

思われるかもしれませんが、


大切なのは「違い」を理解した上で 接してゆく事だと思っています。


なぜなら、レッテルを貼ってしまうと「可能性が消える」からです。




私たちは一度「こういう人間だ」と決めてしまうと

そこに囚われて、見方を変えようとしません。



特に、一緒にいる時間が長くなればなるほど、

見方は固定してしまいます。



なので、大切なのは「違い」に対し「レッテル」を貼る事ではなく、

特徴を踏まえた上で接し方の可能性を探ってゆく事です。



言い換えると、

「対応の選択肢」を増やしてゆく事と言えるかもしれません。



例えば、「何か質問は?」と聞いても

反応がないか?そこじゃないよ!!と突っ込みたくなる反応が

返ってくることもあると思います。



でも、決して理解が曖昧なことはないわけではなく、

勇気がなかったり、相手の反応が怖かったりすることが原因で

肝心なことを質問ができないわけです。


なので、そんな場合は「問い」を変えてみる事を

試してみてはいかがでしょうか?



例えば、
(疑問があるんことを前提に)

Q)今僕がした説明に対し、3つ確認したいことがあるとしたら?

Q)良く聞かれるのが、AとBとCなんだけれど、君はでどれが一番聞きたい?

などです。




自分の尺度に囚われない感度をもって部下を観察し、

対応の仕方を変えてみましょう。



そうすれば、その人の持つ成長への可能性が見えてくると思います。



二番目は、

「認識のずれ」や「理解のずれ」をなくしてゆく事だと

思っています。




例えば「わかった」を鵜吞みにしないことです。


これはZ世代とのやり取りに限ったことではありませんが、

人と人のやり取りの中で良く起こることでもあります。



業務上、上司が部下に「わかった?」と問いかけることが

良くあると思いますが、

実際は「伝わっていない」「わかっていない」ことが

後になって発覚し、

問題になることがあります。





なので、「何がわかったのか?」を上司が部下に対し、

具体的に確認する必要があります。


ただし、言葉にすると簡単な解決策ではありますが、

実はなかなかできないことでもあります。


それは、「わかった」で済ませることで

お互いが得られる「利」があり、

後々の問題につながるであろう「リスク」を

かき消してしまうからです。




どういうことかと言うと

「わかった?」「わかりました」という会話の応酬は

上司にとっては、

「仕事を早く進められる」という「利」や

「わかったのなら、何かあったら、お前が悪いんだぞ」という

責任転嫁の「利」があり、






部下にとっては「あいまいさを突っ込まれ、

責められる事を避けられる」という

自己防衛の「利」と

「煩わしい上司とのやり取りを早く終わらせることができる」という

苦痛回避の「利」があると言う事です。




何か問題が起これば、上司は、

部下の意識や能力に問題があるというレッテルを貼る事で


自分を正当化し、

部下は上司の仕事のさせ方や人格に問題があるという見方をする事で

自分を正当化します。



お互いが「目先の利」を選択したために問題が発生し、

信頼関係を損ねる結果になるので良いことは一つもありません。


なので、たとえ、面倒でも、急いでいたとしても

「確認」にひと手間を加える。

そうすることで上司は「部下の現在地」が把握できるようになり、

部下もあいまいな不安を抱えたまま

過ごす時間をなくすることができます。



時代背景の違い、経験の違い、視座の違い、

個性の違い、価値観の違いなど、



誤解や理解不足を生む要因は無数にあり、

これからもなくなることはありません。




「見方」を固定したり、「発する言葉」を鵜呑みにするのではなく、

もしかしたら、伝わっていないのかもしれないという可能性を常に

頭の片隅で意識して置くことで

違いから生まれるギャップを埋めることができます。



「面倒くさい事の中に正解はあるんだぞ!!」

20年以上も前に、私が部下に諭すために浸かっていた言葉ですが、

これは時代が変わっても不変の事なのかもしれません。



「レッテルを貼らない」、「対応を変えてみる」

良かったら、ぜひ試していただきたいと思います。

研修の目的と立ち止まる意味

―――――――――――――――――――――――――――――――■研修の目的と立ち止まる意味―――――――――――――――――――――――――――――――

研修を開催する時に最も考えなければいけないことは

「何のため」にやるのか?

つまり「目的を明確にする事」です。

そのためには、

研修に参加する人たちの「課題」をおおよそ把握した上で

「どうなって欲しいのか?」が

明確になっていなければなりませんし、

研修実施後の「変容に対する期待値」が

少なからず見える必要があります。


しかし、現実的にはなかなかそうならない状況が多いようです。

それは以下のような理由が挙げられるからです。

❶参加者の要因

・研修課題が自身の課題であると認識していない

・仕事の一環として「義務感」で参加している

・研修で新たな知識やスキルを身に付けても

職場に帰ると元に戻ってしまう

・何かを得ようと言う姿勢でなく、「斜に構えて」参加している


❷企画要因

・参加者の抱えている問題を考えず、「知識がないから、」

「やり方がわからないから」できていないと考えている

・研修が研修会社の提供する汎用性のあるコンテンツである

・研修会社選定の決め手が「知名度、企業規模」である

・参加者の課題を研修会社と詰められていない

・一回こっきり、しかも短時間の構成である

・効果測定ができていない

❸研修担当者の要因

・本来の目的でなく、主眼が「自身の責任回避」に向いているので

参加者の課題とコンテンツがフィットしているか考えられていない

・参加者の課題を認識できていない

・意欲を持てず、こなさなくてはいけない業務になっている




「予算が少ない」「業務が多忙である」

「会社の方針が明確でない」などの理由から、

研修の企画や実施に労力を割けないのは、

ある意味仕方ないのかもしれません。



しかし、どこかで見直しをしないと

結果として無駄なコストと時間をかけるだけになり、

良いことは一つもありません。




また、これから社会が急加速で変わってゆく中で

「時代に合った教育」にシフトしていかないと

変化に対応できない組織になってしまう恐れがあります。

私が感じているコーチングにおける本質のひとつに

「立ち止まると早くなる」というものがあります。

私たちの日常は、

ともすると目に前の事に追われる日々の連続になりがちで、

軌道を修正するきっかけがありません。


走り続けていると「視野が狭く」なり、

道から反れていても気が付かなくなるからです。


なので、定期的に立ち止まって

「行先」「現在地」「手段」「次回の到達点」を確認しながら、

進んだ方が無駄な行動や時間の過ごし方をせず、

効率的に進んでいけるようになるのです。



本当は「意味がない」「無駄だ」と思っていても

走り続けているとだんだん「不感症」になり、

「流れを変える事」はとても難しくなって行きます。


典型的な例が「定例会議」です。



研修などで良く「無駄な会議」があると感じているか?を


参加者に質問する事がありますが、

90%以上の方が手を上げます。




業務の生産性向上という事を考えれば、

参加者の時間を同時に拘束する会議のあり方は、

真っ先に手を付けるべきことではないかと思いますが、

あまりにも慣習化しすぎている事で

違和感すら感じなくなってしまうのです。



研修もある意味同じであり、

「目的は何か?」「研修によりどうなって欲しいのか?」

「効果をどう図るか?」は

定期的に見直した方が

費用対効果の高い研修になります。


それでも「忙しくて」という方は、

「忙しい」を俯瞰して、分解してみる事をお勧めします。


私が今までクライアントにかかわってきた経験上、

「心で感じている忙しさ」>「実際の忙しさ」であることが

多いからです。

特に嫌だな、大変だなと思っていることは

実際にかかる負担よりも大ごとに考える傾向があり、

物心ともに余裕をなくす要因になっています。


せっかく手間暇かけて実施する研修なので、

実りあるものにするために

まずは、立ち止まる時間を創ることをやってみてはいかがでしょう。



きっと、「立ち止まった方が早くなる」を

実感していただけるのではないかと思います。

対話と会話

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■対話と会話

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強い組織を創るために「関係の質」を高めてゆくことが

大切であるという事は以前からお伝えしている通りです。

では、いかにして?という事ですが、

私はコミュニケーションの「量」を増やし、

「質」を高めてゆくことが最優先事項であるとであると

考えています。

特に「質」の部分、「何を、どこまで話しあうのか?」が

とても重要です。

なぜならば、質の高いコミュニケーションの積み重ねによって、

チームの意識が高まって行くからです。

巷には、一見仲の良い人間関係であっても

肝心なことは話せていない、

話題にすら上がっていない組織は数多く存在します。

「本当はこうしたほうが良い」「なんでそうしないんだろう?」

多くの人が「腹に抱えながら」思ったことを言えないでいます。

言うなれば、「会話は多い」のに「対話は少ない」ということです。


この状態を放置すると「組織は確実に弱体化」してゆきます。



なぜなら、求心力もエンゲージメントも生まれず、

人も組織も成長しないからです。



「会話」と「対話」は一見すると似ていますが、

何が違うのでしょう?

広辞苑のような辞書には同じような説明が書いてありますが、

私は「目的」があるか?ないか?であると考えています。

「チームを強くする」「成長させる」為の

「対話」があるチームは強く、

ただ「会話」が多いチームは仲良しクラブであり、

強いチームとは言えません。

これを初めて実感したのが、

私がファミレスの事業責任者をやっていた時です。



当時、比較的「運営レベルが高いお店」と

「そうでないお店」2店舗を

管理する立場だったのですが、



「良い店の店長」はスタッフと話す全てのコミュニケーションに

意図がありました。

元気がないアルバイトの様子を

他の子に聞いたり、

新人教育の話や成長について、相談したり、



はては次期アルバイト採用にかかわる進学情報や

兄弟姉妹の有無、年齢まで

日常会話のように思えるものにも全て目的がありました。



対話に目的があるので、対話を重ねてゆくにつれて

リーダーが何を考えているのか?が

周囲に伝わるようになるので

アルバイトの意識も自然と高くなり、

結果、運営レベルが高いお店を作れたわけです。



一方、レベルが高くないお店の店長は、

愉快な人間だったのですが、無駄話が多く、

アルバイトと友達のようになっていました。


意味のない会話が多いので

店長に肝心な情報は入ってこず、

突然アルバイトが辞めるようなこともあって、

シフトもなかなか組みづらい状況が続きました。




また、働いている人達も仕事自体に面白みを見出すことがないため

割り切った働き方になり、

結果として、

慢性的に良い状態の運営ができないお店になってしまったのです。





私はその後、新しい事業として中古のゴルフショップを

4店舗展開しましたが、

その時もリーダーがチーム内で話す

コミュニケーションの質によって、

チームレベルが変わるという現象に変わりはありませんでした。


このようにチームで何を話すのか?どこまで話す習慣があるのか?

によってチームの運営レベルは大きく変わるという事です。


「目的を持った対話」を続けていれば、

徐々にベクトルも合ってゆき、結果として、

一体感のある強いチームを作ることができる。


最初、対話が弾まないかもしれませんが、

手を変え、品を変えながら継続してゆくことで

確実に変化が起こってゆきます。


関係の質を高める為に重要な

「コミュニケーションの量と質」。

もし、


「うちのチームいまいち関係が薄いな、

肝心なことを話せていないな」と

お感じになるようなことがありましたら、


まずは、「自分達のチームは果たして、

良いチームなんだろうか?」と

いうテーマで話し合ってみてはいかがでしょう?

次回は研修の目的について、お話ししたいと思います。

組織を蝕む「慢性的思考停止」癖

――――――――――――――――――――――――――――― ■誰もが陥る「慢性的思考停止」癖の背景にあるもの―――――――――――――――――――――――――――――

こんにちは。

カンパニーコーチの青木栄明です。



今日は「慢性的思考停止」癖についてお話します。

聞きなれない言葉だと思いますが、

この「慢性的思考停止」癖というのは何か?と言うと



「本来たどり着くべき所まで考えずに

途中で考えることをやめてしまう癖が

ついており、本人も自覚がない状態」を言います。



と言うか、私が勝手に定義付けしたのですが・・・。



具体的にはどういうことなのか?を私が提供している

「成長的問題解決」研修の例を挙げてご説明したいと思います。

この研修は2日間かけて「自分が描く理想像」

(例えば、チームや自身のありたい姿)から



「近未来のあるべき姿」を考え、

現状とのギャップを埋めるアクションを考え、

実行に移すというもので



基本的には「マネージャー層」の「思考力」と「主体性」を

引き出す目的で実施しています。



2日間で一枚のアクションプランを完成させることが

研修のゴールなのですが、



参加者がアクションプランにあらかじめ設定されている

「問い」に答え、記入をしてゆく中で

「思考停止」が頻繁に起こります。



例えば「自分の抱えてる問題は何か?」という問いに対し、

「問題」を書ける方は、ほぼほぼいません。


「問題」は「あるべき状態と現状のギャップ」を言いますが

大半の方は「問題」ではなく

「現状何が起こっているか?」を書きます。


仮に自チームのあるべき状態を

「部下との信頼関係が築かれており、

チームが一丸となって目標に邁進している」

だとします。




また、それに対し現状は

「部下との信頼関係はなく、メンバーがバラバラに動いており、

チーム力を発揮しているとは言えない」

だとすると


よく「問題」として書かれがちなことは、

「部下とのコミュニケーションの時間が不足している」等、

現状起こっている現象についてです。


これを「問題」として設定してしまうと

改善のためのアクションは、

「部下ともっとコミュニケーションの時間を増やす」とか



「一日一回話をする時間をとる」等になってしまい、

浅い表面的なもので終わってしまいます。



また、仮にやったとしても期待しているような変容は起こらず、

忙しさにかまけて、いつの間にか立ち消えになりがちです。


本当の意味で「問題」を考えるのであれば、

どうして、そうなっているのか?を深堀りして考える必要があり、



先ほどの例でいうと

「信頼関係がないバラバラの状態」になっているのはなぜか?と

いう事を考え、さらに自分の問題と自分以外の問題に

分けて考えてみる事が重要です。


もしかしたら、メンバー間の仲が悪いのかもしれないし、

面倒くさがって、関わることを避けている自分のあり方に

問題があるのかもしれません。



問題は、得てして、当事者からすると、

「不都合なこと」や「触れたくないこと」

「痛いところを突かれる」ようなものが多く、

表面に「露見している現象の深層」に隠れています。

でも、それを表に出し、メスを入れない限りは

同じような現象が姿かたちを変えて



エンドレスに続くようになり、

本質的な問題解決はできず、チームも成長しません。


私たちが思考停止をする理由は「考えられない」事、

「考える力がない」事が原因ではなく、



大変なこと、面倒くさいこと、不都合なことを避けたいという

自己防衛本能に原因がある場合が多く、表面化させるには、

利害関係のある内部からのアプローチでは難しい場合があります。





それは、距離が近い分、少なからず忖度が働くからです。



なので、お金はかかりますが、

穴が開いたザルで水をすくい続けるより、

第三者の力を借りて修復したほうが結果的に安く上がると思います。



もし、組織の問題を解決したいとお考えでしたら、

一度ご相談いただければと思います。



次回は、似て非なる「対話」と「会話」について

お話ししたいと思います。